骨董市に初めて行ったとき、私は何かを買う気満々だった。ところが市に入って十分も経つと、どれを見ていいか分からなくなっていた。茶碗が並ぶ。皿が並ぶ。軸物が掛かっている。値札のあるものとないものがある。客はそれぞれ何かを確かめる顔をしていて、自分だけがその輪の外側にいる気がした……あの心細さを、私はいまも忘れていない。
その日は何も買わずに帰った。帰り道、何となく晴れた気持ちになっていたのが不思議だった。たぶん、ぼんやり歩くだけで、すでに十分楽しかったのだと思う。
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最初の骨董市は、ぶらぶらするだけでいい
骨董市では、目当てのものを決めて行くより、目当てなしで行くほうが最初は気楽である。何を探すか決まっていないと、「これではない」という失望が積み重なりにくい。はじめての日くらい、そういう失望を用意しなくてもいい。
大きな市、たとえば東京・有楽町の大江戸骨董市のような場所では、公式の案内によると毎回全国から和洋骨董店が250店以上参加する。月に2回、東京国際フォーラムの地上広場で、9時から16時まで。入場は無料で、雨天は中止だ。最初から全部見ようとすると、足が先に音を上げる。半分も回れなかった、という日でいい。気になったものの前で立ち止まり、手に取っていいか店主に聞く。それだけで、その日は成立している。
市の空気を体に入れることが、最初の目的である。器の並べ方、値札の紙の折れ方、店主の椅子の角度。そういう役に立たない細部から、骨董市という場所の感覚が伝わってくる。
何が本物か、一度では分からなくていい
骨董市に行くと、自分が何も知らないことに気づく。これは悪いことではない。知らないから、人に聞ける。知ったかぶりより「分からないので教えてください」と言える客のほうが、店主と話が続くことが多い。
知っておくと少し気が楽になることがある。骨董市の露店も、古物営業法のもとで営まれている。古物商になるには公安委員会の許可が要り(第三条)、露店を出すことは同法でいう「行商」に含まれる——第五条第一項第五号は、行商を「仮設店舗(営業所以外の場所に仮に設けられる店舗であつて、容易に移転することができるものをいう)を出すことを含む」と定めている。行商をするときは許可証を携帯し、従業者には行商従業者証を携帯させなければならず、取引の相手方から提示を求められたときは提示する義務がある(第十一条)。仮設店舗ごとに、公衆の見やすい場所へ標識を掲示する義務もある(第十二条)。つまり「どういうお店ですか」と尋ねるのは、無礼でも何でもない。法律のほうが、尋ねられたら答えるという手続きをあらかじめ定めている。
名のある窯の器か否か、いつの時代のものか。そういった年代や来歴の見極めは、専門家でも容易でない場合がある。真贋の判断が必要な場面では、専門の鑑定機関や信頼できる古美術商に相談するのが安心だ。初心者のうちは、真贋を見抜こうとするより、「これを家に置いたら好きか」という問いから始めるほうが、骨董市を長く楽しめる。
私が最初に気に入った器は、窯も時代も分からないものだった。染付の線が少し眠たそうで、なぜか気になった。それで十分だったのだと、今ならそう思える。
値段の仕組みと、値段に乗っていないもの
骨董市の値段には、統一された基準がない。同じ種類の器でも店によって大きく異なることがある。値段は市場での相場、状態、仕入れ値、その日の流れまで混ざっている。定価売りの雑貨屋とは別の世界である。
値引きの打診(「少しまけていただけますか」)は、私が通った範囲では珍しいことではなかった。ただ、交渉するかどうかは自分の気持ちに委ねていい。無理に値切ろうとして空気が冷えるより、欲しいと思ったものを「これ、いくらですか」と素直に聞くほうが、よい話が生まれることも多い。
店主が先に言うことがある。
「だからこの値段なんですか」
「欠けているから、この値段です」
値段に乗っていないものもある。器の来歴のひとこと、手入れの注意、似た器との違い。そういった知識は、買った値段には含まれていないが、店主から教えてもらえることがある。それが骨董市に通う理由の一つでもある。
買わない日に持って帰れるもの
骨董市では、何も買わずに帰ることがある。その日は失敗だったかというと、たいていそうではない。
何も買わなかった日でも、目が少し変わる。並んだ器の中から、自分の暮らしに合う大きさが分かってくる。青い染付より白いものが好きだと気づくことがある。鉄瓶は重くて自分には向かないと分かることもある。
そういう「自分の好み」の輪郭は、歩いた回数とともに少しずつ明確になる。次の市で手に取るものが変わり、また次の市ではさらに変わる。骨董を「見る目」は、一日で得るものではないし、誰かに教わるだけで身に付くものでもない。足で稼ぐしかない部分が、たしかにある。
買わない日のもう一つの収穫は、「次に来る理由」が生まれることだ。気になっていたのに手が出なかった器のことを、一週間考え続けることがある。それは悪い時間ではない。
次の市のための、小さなメモ
市から帰ったら、気になったものを書き留めておくと次に役立つ。写真を撮るのも一つの方法だが、大江戸骨董市は公式に「個人用の写真又は動画の撮影は、撮影の前に被写体となる方や、被写体の所有者の了解をとってから行ってください」と案内している。断ってから撮るか、手描きのメモに頼るのもいい。
気に入っていたのに買わなかった器が、次の市ではもうない、ということが繰り返し起きる。後悔も骨董市の一部だと思えるようになるまで、少し時間がかかる。それまでの間は、「次こそ」という積み残しをメモの形で持ち歩くのがいい。
骨董市に通い続けると、好きな店、好みの分野、手が届く価格帯が、少しずつ定まってくる。最初の市では分からなかったことが、五回目、十回目に見えてくる。はじめての骨董市は、すべてを知るための日ではない。好きかどうかを確かめる日である。何も分からなくていいから、まず行ってみる。それが一番やさしい入口だと、今なら胸を張って言える。
参考
大江戸骨董市、全国の骨董市カレンダー、平和島 全国古民具骨董まつり(概要・主催 株式会社骨董市)、富岡八幡宮骨董市(主催 骨董企画 楽市楽座)、e-Gov 法令検索「古物営業法」(第3条・第5条第1項第5号・第11条・第12条)